はじめまして、うどん咲花善伝(さかいで)店主の守屋亮太と申します。

 

わざわざこのページにお立ち寄り頂いたあなたと信頼関係を築きたいと思いましたのでお話しさせていただきます。1974年生まれ、おひつじ座のA型です。

記憶がある頃からは、ずっと埼玉県で育ちました。

音楽家の両親は自由主義で、一つ年上の姉と私にも子供のころから
私たちのやりたい事を尊重して、「自分の事は自分で考えるように」と寛大に育て見守ってくれました。
興味を持ち、やりたい事を次々と両親に投げかける姉とは逆に、
私はいつも姉の後ろをついて歩く典型的な甘えん坊の末っ子でした。


小学生の頃、母は病気がちで入退院を繰り返し殆ど家に居ませんでした。
その為、父は朝食の支度をして姉と私を小学校に送りだし、
夕飯の準備をして仕事に出かけていました。


父の仕事が忙しい時は、近所の友人の家で、
夕食を食べさせてもらう事もありました。


神奈川に住んでいた祖母が家にきてくれている時もありました。
祖母は、いざと言う時の為に小学生の姉と私に包丁や火の使い方を教えてくれました。


母の味、父が作る味、祖母の味、友人宅の味、
同じ料理でも作る人が違うとこんなに味が違うものかと、
感じながら食べていたのを今でも覚えています。


家に帰っても母親が居ないさみしさは、家族・親族や友人、
そして暖かいごはんを食べる事が忘れさせてくれていたのだと思います。


そんな親たちの苦労など知らずに、日が暮れるまで外で遊び、
好き勝手な毎日を過ごしていました。


中学・高校は、部活動に明け暮れ、気がつけば
進路も決まらないまま卒業。


さすがに何もしないとまずいと思い、牛丼屋やファミリーレストランで
アルバイトを始めました。
これが、飲食業と始めて出会ったきっかけでした。


今、改めて思えば恥ずかしいのですが、未来のビジョンなどまるで無く、
友人と遊ぶお金とまかないが食べられればいいくらいに考えていました。


その後、飲食店を転々とするなかで、色々な料理と出会い、
調理法を学び、料理人や板前を気取っていましたが、
単調な日々の作業に飽きと疑問をもち始めるようになりました。


モノを作る事も好き、料理も好きだし提供して喜んでもらえることは、
なによりこの仕事においてのやりがいでもあると感じていました。


月日は過ぎ、ある鶏料理専門の店でウエイターとして働いている時、
私の心に響く、忘れられない出来ごとがありました。


担当したテーブルで食事を終えた初老の夫婦のお客様に、
会計伝票を手渡すと「全部美味しかった!酒も料理も!!」と言って、
私に握手を求めてきたのです。


奥さまも満面の笑みで料理を絶賛。
「ありがとうございます。調理担当の者にも伝えておきます。」
満足げにゆっくり出口に向かわれ店を後にしました。


ものすごい感激と同時に、お客様に対して、また料理やこの仕事に対する
自分の半端な気持ちに、恥ずかしい気持ちになりました。

 

話はかわりますが、私が子供の頃からずっと、
父は帰りが遅く、週末も仕事であることが多く、あまり家に居ませんでした。


ですから家族4人が揃うことが出来る朝食には、父はどんなに遅く帰ろうとも
明け方に始発で帰ろうとも、朝食は4人で摂るように決めていました。


高校時代、外でのアルバイを禁止されていた私と姉は、
母の代わりに、家族4人分の朝食の準備をすることで小遣いをもらっていました。


あるとき、もっと小遣いがほしい私は志願して、夕食の準備する事になりました。
メニューはその時自分が食べたいと思ったビーフシチュー。


久々に家族4人揃っての夕食。
一口食べた父と母は「美味しい!!」


その時の両親の嬉しそうな顔の思い出と、お客様の笑顔が重なったのです。


これが、私が「いつかこの仕事で、心底喜んでもらいたい!!」と
決断させる出来事でした。


私は店を出す資金を貯める為に、サラリーマンの道を選びました。
地方に出張する事も多く、知らない郷土料理やお酒を知る
いいきっかけにもなりました。


退職後すぐに、うどんを学びに香川県へ行きました。
うどん作りはもちろんですが、小麦・麺の歴史からその成分や構造、
同じく材料の一部に当たる塩や水についても勉強しました。


多くの人に喜んでもらう為には、心を入れ替えて、
技術や知識を身につけ修行を続けより多くの経験を重ねなければなりません。


香川から戻ってからは、うどん・蕎麦店でアルバイトをしながら、家では
手打ちの練習・試作・試食の日々。
その合間を縫って職人さんから「手打ちうどん」の手ほどきを受けに出かけたり、
野菜ソムリエの勉強。


調理の専門学校に通う時間もお金も無かったので、参考書を買って、
「食文化概論、衛生法規、公衆衛生、栄養学、食品学、食品衛生学、調理理論」を
独学し、晴れてプロとしての国家資格「調理師免許」も手に入れました。


そして、あの時の喜びをもっともっと沢山の人と分かち合い伝えたいと、
この「うどん咲花善伝(さかいで)」を開店したのが2010年1月。


独立して自分の店を持つという、夢や希望に満ちた想いとは裏腹に、
お客さんが食べて下さった後、どんな表情でどんな言葉を発するか不安な
日々が続きました。いまでもその気持ちは変わりません。


ですが、一人、また一人、「美味しかった!」「また来るよ!」とか
「ダシがおいしい」「麺が旨い」と応援して下さる方が増えました。


そして、たくさんの方に「この店にくるとホッする」とか「落ち着く」と
言って頂けるようになりました。カウンターしかないうどん屋にもかかわらず、
忘年会や宴会の場所にも選んで頂けるようにもなりました。


ある時は、12席の店に対して14名連れが来店することもありました。


アルバイトさんも従業員も、皆よく頑張って働いてくれます。
時には厳しい指導にも喰らい付き、私の思いに応えてくれます。


一人一人が私の事をよく理解し、私の思いをしっかりと
お客さんに伝えてくれています。


スタッフもお客さんの幸せそうな笑顔や、「ウマかった!」の一言を思い出し、
勇気づけられ、「また明日も頑張ろう!」と前向きな気持ちになれます。


そのお客さんたちへ感謝の気持ちと恩返しをするつもりで、

今度は、あなたが午後からのお仕事、明日頑張るための原動力になる。


そして、「大切な人との思い出」の中に刻まれるような最高の一杯を極め、
それを提供するのが私の使命であり、この店をやっている本当の理由なのです。


店名「うどん咲花善伝(さかいで)」の由来は、
はじめてうどん作りを教わった香川県坂出市の「坂出(さかいで)」
に、由来します。


たった一杯のうどんですが、最をつくし、
心や体にぽっと一輪くような、
ぬくもりがわればと言う思いが込められています。


是非あなたにも、この気持を詰め込んだ、
咲花善伝(さかいで)のうどんを一度召し上がって頂ければと思います。


長文お付き合いいただきましてありがとうございます。

「来てよかった」「大切な人を連れていきたい」

そう思って頂けるおもてなしをお約束いたします。
是非一度足をお運びください。